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2013年5月23日木曜日

日用品の購入その他日常生活に関する行為(民法9条但書)


民法9条
 成年後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りではない。

1.「日用品の購入その他日常生活に関する行為」の意義

(1)考え方
   ~ 大きく2つの方向性があるようです。

民法761条「日常の家事」の解釈を参考にする見解
  →「日常生活に関する行為」の範囲は広くなる。
  (背景)
    自己決定の重視

限定的に解する見解
  →日常生活を送るのに必要不可欠と考えられる行為に限られる。
  (背景)
    成年被後見人の生活遂行を可能にするための便宜的規定にすぎない、と考える。

【参考】
・山本敬三「民法Ⅰ(第二版)」57頁
・佐久間毅「民法の基礎1総則(第3版)」92頁
・民法(債権法)改正検討委員会編
  「詳解 債権法改正の基本方針Ⅰ序論・総則」(商事法務)号86頁以下。


(2)立案担当の解説
   ~ 岩井伸晃:金融法務事情1565(1999.12.15.)号15頁(二2(3)オ) ~
 取消権の対象から除外される「日常生活に関する行為」とは、基本的には、民法第761条の「日常の家事に関する法律行為」の範囲に関する判例(最一小昭44・12・18民集23巻12号2476頁)の解釈と同様、本人が生活を営む上において通常必要な法律行為を指すものと解される。その具体的な範囲は、各人の職業、資産、収入、生活の状況や当該行為の個別的な目的等の事情のほか、当該法律行為の種類、性質等の客観的な事情を総合的に考慮して判断するのが相当であると考えられる。
 典型的な例としては、法律の明文として掲げられている「日用品の購入」(食料品・衣料品等の買物)のほか、電気・ガス代、水道料等の支払、それらの経費の支払に必要な範囲の預貯金の引き出し等が挙げられる。
※ 挙げられている具体例
 ⅰ 食料品・衣料品等の買物、
 ⅱ 電気・ガス代、水道料等の支払、
 ⅲ それらの経費の支払に必要な範囲の預貯金の引き出し

これは、上記①民法761条の解釈を参考にする見解に属するものと言えそうですが、改正の際にはいろいろな要素が取り上げられており、自己決定権だけを重視するものではないようです。(例えば前掲の立法担当の解説では「自己決定の尊重、残存能力の活用、ノーマライゼーション等の新しい理念と従来の本人の保護の理念との調和を旨として、成年後見制度の改正のための法改正が行われたものである。」と記されています(岩井伸晃:金融法務事情1565(1999.12.15.)号6頁)。)。


【参考】
①成年後見制度の改正に関する要綱試案(NBL640号51頁)
②「成年後見制度の改正に関する要綱試案の解説―要綱試案・概要・補足説明」(きんざい。1998.4.)
民法の一部を改正する法律案等要綱の概要(平成11年2月 担当:法務省民事局、法務省サイト)


2.文献(出版年次順)

(1)H12.12
 .岡本均「身上配慮と身上監護-現場で求められる身上監護の問題点-」
 (実践成年後見No.1・154頁
 「日用品の購入その他日常生活に関する行為」についての概念規定が明確ではない。これと類似した民法上の用語としては「日用品の供給」(民法306条・310条)、「日常の家事」(民法761条」などがある。「補足説明」は、「日常の家事」の範囲に関する解釈と同様、判例の集積により解釈の基準が形成されていくと思われるとしているが、現在、2割司法。3割司法と言われ、裁判外での解決が多く行われている状況のもとで、はたして必要な判例の積み上げが早い機会にできるのであろうか。可能な限り細かい「概念」の規定が望まれる。

※赤字と下線は、私が付しました。

※ 概念の不明確性の問題は、文中で指摘されたように、解決というよりも、成年後見事務を担う関係者の、現場での日常的な模索、判断、処理に委ねられているとどまり、それが統一的な指針として共有される等まで至らず、また、飛び抜けて問題にならない限り、訴訟的解決に進展するというものはないのが実情ではないかと思います。

(2)2006.12.
新井・赤沼・大貫編「成年後見制度 法の理論と実践」96頁(赤沼康弘)
 日常生活に関する行為が取消の対象から除外されたのは、事理弁識能力を一時回復しているときには日常の買い物等を自ら行うことができるような制度とすることが、ノーマライゼーションの理念に添うからであり、日常の買い物などを行いうる能力の者も後見の対象となるという趣旨ではない。
 日常生活に関する行為とは、成年被後見人の生活状況にあわせて判断されるものであるが、食料品、衣料品、雑貨など日用必需品の購入、水道、光熱費の支払、公共交通機関の利用などが考えられる。なお、類似の規定として、夫婦の「日常の家事」に関する民法761条があり、その解釈が参考になる。
※ノーマライゼーション
 「障害のある人も家庭や地域で通常の生活をすることができるような社会をつくるという理念で、北欧諸国で提唱されて以来、それらの国々の福祉政策の基本理念となるとともに、1970年代のアメリカの福祉政策を推進する理念となるなど、現在では国際的に定着した理念であるとされている。」という説明がある。岩井伸晃:金融法務事情1565(1999.12.15.)号6頁。

(3)H23.7.
  片岡武「家庭裁判所における成年後見・財産管理の実務」11頁
【視点】
 日常生活に関する行為が除外されたのは、生活必需品の購入に関してまで後見人の取消権が及ぶとするのは被後見人の自己決定権に対する過剰な介入であり、残存能力の活用の点からも問題があると考えられたためである。
ウ「日常生活に関する行為」の内容
 民法761条の日常の家事に関する法律行為に関する判例の考え方と同様に、個々人の資産、収入、生活状況等、具体的な事情を考慮して判断されるものと解されている。
※本書では、具体例、具体的な判断基準や指針は特に示されていない。


3.自己決定と民法9条但書、意思無能力による無効

結論(9条但書でも意思無能力無効を認める)は変わらないと思うのですが、頭の整理がつかないので、そのためのメモ。

・佐久間前掲書92頁
 日用品の購入その他日常生活に関する行為は、成年被後見人も単独でおこなうことができ、取り消すことができない(9条ただし書。なお、成年被後見人が意思能力を有しなかったときは、無効である。)。
[補論] 例外の趣旨
 この例外は、成年後見人の自己決定を尊重して設けられたものだとされている。もっとも、後見は日常の買い物すら満足にできない者を対象としており、成年被後見人について自己決定を語ることができるのか、疑問である。むしろ、この例外は、成年被後見人については実務上の便宜が重視された結果だと思われる。この例外を認めておかないと、成年被後見人が日用品の取引すら拒否される恐れがあるからである。
・民法(債権法)改正検討委員会編87頁「提案要旨1」
「成年被後見人についても、一定の範囲ではなお自己決定による法律行為が可能であり、9条但書は「日常生活に関する行為」という限定的は範囲で自己決定を認めたものである。これによれば、成年被後見人が同時に意思無能力であるとされる場合には、もはや自己決定を語ることはできず、「日常生活に関する行為」についても、意思無能力を理由とする無効主張は可能であると考えられる。現民法における解釈論として、このような立場が有力である。」
・同上88頁「解説2」
「現行法9条ただし書の趣旨は、一方において、成年被後見人についても限られた範囲で自己決定を行うことが可能であり、その自己決定を尊重する点にあると考えられるが、現民法7条に定める後見の審判開始の要件が「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」とされていることを考慮すると、自己決定を語りうるのは例外的な場合であろう。」

【追記】
民法9条但書(民法改正での議論)」という備忘録をまとめました。(2013年6月22日)





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